50代からの車選びとライフスタイル研究所

このサイトでは50代以上の方を対象とし、車選びとライフスタイルについて参考になりそうな情報をお伝えしていきます。運転歴30年以上で軽自動車からワンボックスまで9台を乗り継いできました。50代、60代ともなりますと車の選び方や働き方、日々の生活も変わってきます。人生100年時代ともいわれる成熟の世代を楽しく生きるための車情報や、ライフスタイル情報をさまざまな手段で収集し、まとめていきたいと思います。

車選び:メーカーのこだわり~マツダ③「人馬一体」

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今日は「人馬一体」の思想について、それがどのように車づくりに反映されているのかをみていきたいと思います。

 

マツダの思想は、人ファーストであり、そのうえで安全運転支援システムがサポートしましょう、システムは決して出過ぎた真似はしません、それでもご主人様が危うくなりしたときには、すかさず手助け申し上げます、ということになります。

マツダは、「自動運転技術がドライバーに置き換わるのではなくサポートする存在であるべきだと考えている」といいます。さらに「多くの自動車メーカーは「機械中心」の自動化に向かっているが、マツダは「人間中心」の自動運転技術Mazda Co-Pilot Conceptに基づき開発を進めている」と他社との発想の違いに言及しているのです。

 

その考え方は具体的に以下のように説明されています。

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ドライバーが正常な時は、ドライバーが能力を最大限に発揮することを助け、運転することで走る歓びをお届けする。その裏でクルマはドライバーの状態を常時検知し、クルマがいつでも運転可能な状態でスタンバイしており、万が一のミスや運転出来ないと判断した場合にはクルマがオーバーライドし、周囲を含め安全な状態を確保する。ドライバーと周囲の人にいつでも安全・安心をお届けできる。

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安全運転支援システムの中でもマツダは、ブラインドスポットモニター(ドライバーの死角になっているところからの車などを感知して知らせる仕組み)の採用率が高く、一方で標識認識システムがオプション扱いになりがちなどの部分はありますが、安全運転支援システムとしては充実しているかと思います。

それでもマツダはドライバーを最優先に考え、まずはドライバーが安全に運転できる環境を提供することにベストを尽くそう」という思想なのだということがみてとれます。その理由はこれから解説するとして、マツダを理解するキーワードに掲げた「人馬一体」が、その思想を体現しているともいえるのです。
馬は人が乗って、手綱によって馬をコントロールしますね。あくまで人が中心なのです。

マツダのサイトを見て、他社と違うところは、安全運転支援システムの記載はありますが、「こんなのが付いているんです、すごいでしょ!」といった声高な主張ではありません。
このあたりも主張の一貫性が見られて好感が持てました。人馬一体と言いつつも、馬=車が人を支配してしまうような一体は楽しくないですものね。


ドライバーにベストな環境を提供する

マツダのデジタルマガジン2020冬・マツダ創立100周年記念号で、以下のような記載があります。
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自動車産業は、予防安全(事故のリスク/被害の軽減)と衝突安全(事故発生時の傷害軽減)の両分野を大きく進歩させた。これに対しマツダのアプローチは、このような業界の標準的視点に加え、基本安全(良好な運転環境と優れた操縦安定性による安全運転のサポート)の視点も重要だと考える
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このマツダのアプローチは、Mazda Proactive Safetyという基本的考え方に集約されています。「ドライビングポジション、ペダルレイアウト、視界視認性、ヒューマン・マシン・インターフェースなど基本安全性能の継続的進化と標準化を進めている」ことで、その考え方が体現されています。
 
マツダといえば、なんといってもオルガン式アクセルペダルでしょう。これは他社にはない絶対的特徴です。
 
このオルガン式アクセルペダルは、“人間の特性に操作ユニットの特性を合わせる”という発想から生まれました。
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足の姿勢をラクに保つため、かかとは床につけることを基本と考えています。すると足首の動きは、かかとを支点とした上から下への回転運動となります。マツダでは、下に支点があるオルガン式アクセルペダルを採用し、足首とペダルの動きが一致したスムーズな操作を実現しています。
また、オルガン式アクセルペダルは長距離を走っても足が疲れにくい、という効果があります。
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さらに「なぜ足が疲れにくいのか」という点について足の筋肉の動きを具体的に解説して、その理由を解き明かしています。
 
細部から入ってしまいましたが、人馬一体を語るときに、大切なことはドラポジです。マツダは3ステップによって、理想のドラポジの実現に取り組んでいるといいます。
 
--------ステップ1-1--------------------------------------------------
“理想のドライビングポジションとは何かを規定する”ことから始めました。人間の体は、無駄な力が抜けたリラックスした状態のほうが素早く正確に動けます。さらに、そういう状態は疲れにくいことも重要です。つまり、瞬時に適切な動作ができるようサポートし、そのままの体勢でいても疲れにくい。そんなリラックスした状態を理想のドライビングポジションとし、それぞれの関節の角度を規定していきました。
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安全運転支援システムでも大切なのは状況をとらえるカメラだったり、レーダーだったりします。つまり、道路状況やほかの車や人の動きといった情報の入力に各社工夫を凝らしていますよね。
マツダ人でも同じように、目からの情報の入力を重視しています。
 
--------ステップ1-2---------------------------------------------------
理想のドライビングポジションのもうひとつの重要な要素が目線です。人間は高速道路を走る時は遠くを見つめ、市街地などを走る時は近くを見ます。速度や状況によって目線の位置は変わるのです。この遠くと近く、両方の目線を満たすエリアを“アイラインゾーン”と呼び、理想のドライビングポジションを規定する重要な要素としました。
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たとえば、ドアミラーの付け根とAピラーの間に空間を設け、視認性を高める設計を行っているといいます。
 
そして2つ目が“理想のドライビングポジションに合わせて操作ユニットを配置する”ことへのこだわりです。
CX-5以降のマツダ車は前輪のホイールハウスを前に少し移動し、人間に合わせてクルマの設計を変えて」いるそうなのです。ご存じでしたでしょうか?
--------ステップ2---------------------------------------------------
理想のドライ ビングポジションを保ちながら、自然に足を伸ばした位置にアクセルペダルとブレーキペダルを配置しています。これを実現するために、CX-5以降のマツダ車は前輪のホイールハウスを前に少し移動し、人間に合わせてクルマの設計を変えています。
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このペダル位置というのは本当に大切だと思います。もちろん、シート調整幅やハンドルの前後・奥行の調整幅が大きいことも重要なのですが、そもそものペダルの位置がしっくりこないと、ほかをどのように調整しても、足の動きに違和感を感じてしまいます。
 
それでも人間は適応力が高いので、慣れてしまうそうなのですが、いざというときの、コンマ何秒かの動作で事故になるのかならないのかが決まるときもあるでしょう。
そうしたときに、ペダルへのアクセスや力の伝わり方の差が明暗を分けかねないと思います。
 
そしてステップ3が、すでに触れました「オルガン式アクセルペダル」なのです。
 
いかがでしたでしょうか。マツダの人馬一体の根底にあるのは、まず人間の能力を最大限発揮できるように設計しよう、そのうえで安全運転支援システムがサポートし、いざとなればシステムが作動して事故を未然に防ぐ、という考え方がご理解いただけたのではないかと思います。
 
この記事を書くために、同社のサイトやデジタルマガジンを読み込むまでは、こうしたことは存じ上げませんでした。マツダの車にも乗ってみたいかも、と思うようになりました。
 
次回は、マツダのまとめをお届けする予定です。
 
 

車選び:メーカーのこだわり~マツダ②「魂動デザイン」

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今日は、魂動デザインについて書きます。現代のAIだとかデータサイエンスだとか、テクノロジーなどといった言葉の響きと、この「魂動」という言葉の響きは、明らかにベクトルが異なるような気がいたします。


「魂動」以外でも「人馬一体」などの表現がマツダではされており、昭和の時代を彷彿させるような、なんともヒューマンチックな感じがします。


車種紹介のサイトを見ていただけでは、マツダという会社の、なんとも人くさい面に触れることはなかったでしょう。この記事を書くにあたり、つぶさに同社のコーポレートサイトを見たからこそ、感じられたことでした。これまであまり親しみを感じていなかったのですが、その思想に触れると「結構、いいかも」と思っている自分がいます。
それではたま動デザインについて見ていきます。


デザインの概念は広い


デザインというとまず、思い浮かべるのはフロントのデザインです。マツダの車のフロントマスク、リヤのランプの処理は、共通していますよね。私は、あれが魂動デザインなのだと思っていました。ところが、デザインの概念は色彩や素材も含めた幅広いものなのです。

以下は同社のカラーデザイナー岡本氏の言葉です。
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魂動デザイン以降のマツダは、“カラーも造形の一部”という思想を持ち、色と造形の一体表現を重視した開発に取り組んでいます。
なかでもソウルレッドは、魂動デザインを象徴する色として造りあげた色で、お客様から大きなご支持をいただいています」
「魂動デザインは、本物を極めるというマツダのクルマづくりを、造形面から支えるものです。 カラーもまた本物を表現していなくてはなりません」
私にとって、カラーでの本物表現とは、お客様との価値の共有。
それには色にどんなメッセージや思いを込めるのかが重要だと考えています。
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造形とカラーの関係については、“造形の美しさに心を動かす感情を与えること”が、カラーデザインに求められる役割だといいます。

 

そしてデザインも、もちろんビジョンと無関係ではありません。


マツダデザインが追い続けるものは、「それは“心揺さぶる美しさ”。ひと目で心を奪われるような美しさを、クルマというプロダクトで表現」することだといいます。
それはなぜか。その想いの底流にあるのは、「クルマは単なる道具ではなく、乗るほどに愛着が深まる美しい存在であるべきだ。なぜなら、その美しさは人々の生活や感性を豊かにするものだから」だといいます。

これは同社のビジョン、「カーライフを通じて人生の輝きを人々に提供します」に通じます。


カラーデザインには素材も含む


マツダのデザインは、前述のように感情=情緒的価値に関心を向けています。「形と色や素材を一体で創ることで、心を高ぶらせたり、安らぎを感じたり、凛とした気持ちにしたり、そういう感情をプラスしていくのが、カラーデザインの役割」と考えています。

 

素材にこだわった実例を挙げます。とても長いストーリーなので、完結にまとめてみました。

 

・人間の繊細な感性を反映したデザインを施すことで、より人間の感情に訴えかける存在にクルマはなれるのではと考えた
   ↓
・そのために新たに“うつろいや繊細さ”という要素をとりいれようと考えた
   ↓
・日本人が落ち着きや安らぎを感じるのはどんな空間か
   ↓
・日本の伝統的な木造建築(木という素材がもつ温かみ、経年によって深みを増していく色味)
   ↓
そんな温かみや深みを想起させる新しい内装色を創ることが、落ち着きや安らぎを感じさせることにつながる
   ↓
“オリエンタルブラウン”誕生

 

ということで、このオリエンタルブラウンが誕生した経緯はわかったのですが、どこに採用されたのかは、触れられていません。

調べてみるとアテンザの2018年のマイナーチェンジにおいて、インテリアはフルモデルチェンジ並みの変更を行い、そこにこのオリエンタルブラウンという色が初めて取り入れられました。


また合わせて、本杢(もくめ)パネルが採用されました。これは木目「調」ではなく、本当の樹木を素材にしました。使われたのは「本杢の“栓(せん)”という素材」ということです。

この栓についてもサイトでは説明がありました。
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「栓は日本全土に分布する木で、古来から和太鼓の材料などに使われてきました。
木目が力強く、凛とした表情が美しい木材です。
色味もオリエンタルブラウンと同調させ、時の流れを経て深みを増したような印象に仕上げました
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本杢の“栓”が内装に使われているのは、ほかにCX-5の最上級グレード、25T Exclusive Mode SKYACTIV-G 2.5T 2WD(6EC-AT)¥3,795,000 (消費税込)、4WD(6EC-AT)¥4,026,000 (消費税込)です。
(調べたところ、CX-8でもオプション設定があるように書いてあるサイトもありましたが、同車種の公式サイトからは確認できませんでした)。

 

マツダのこだわりはまだ続きます。次に考えたテーマが「うつろいの美」だといいます。具体的には「朝もやが山あいに流れ、一瞬として同じ風景がないような場面を見た時、人はその瞬間瞬間の美しさに心奪われます。この美しさが、うつろいの美だと考えます」というのです。
このレベルの情緒になってくると無骨な私としては、ついていくのがやっとです。

そしてその美しさを表現した答えが、インストルメントパネルやドアトリムの素材として採用した“ウルトラスエード®ヌー”なのです。このウルトラスエードというのは東レ株式会社の登録商標です。

 

ウルトラスエード®ヌーについては以下の記載がありました。

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ウルトラスエード®ヌーは、スエードならではの毛足の細かいムラ感と、表面加工の絶妙なムラ感が重なることで、自然で不均一な表情を生み出します。
これに光を当てながら動かすと、光の受け方が変化するのです。
ドアを開けると、光が差し込む角度によってキラキラと輝きながら光が動いていく。その情景の中に、私たちが目指したうつろいの美が実現できたように思います
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このほかにも「緊張感」「不完全の美」ということにも触れられています。興味がある方はマツダの企業サイトのデザインのページをご覧になってみてください。

 

デザインへの強いこだわり

こうしてみていくと、デザインについてかなりのページを割いて、デザイナーの語りが掲載されています。コーポレートサイトなので、思想や哲学を語ることを趣旨としているためか、それぞれのデザインがどの車種のどのグレードに標準なのかオプションなのかの記載はありませんでした。かなりの上級グレードでないと、お目にかかれないのかなという印象でした。

 

ただ、ドライバーや乗員にどのような室内、インテリアを提供しようとしているかについての、こだわりの一端は十分に理解できたので、インテリアのみならず、手クステリアを含めて、マツダの魂動デザインというのはフロントグリルだけではなく、トータルでの表現、デザインなのだということが、わかりました。

 

次回はマツダがいう「人馬一体」の思想について探っていきます。こちらは車種、グレード関係なく、マツダならではの考えが一貫しています。どうぞお楽しみに。

 

車選び:メーカーのこだわり~マツダ①「はじめに」

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フラッグシップのCX-5

このブログを始めたときから書いてみたかったテーマです。

ふだん、皆さんは車のことを調べるときは、メーカーの商品サイトにアクセスされることでしょう。そこでこのサイトでは、滅多に訪れない車メーカーのコーポレートサイトといわれるところにある情報を中心に、各社の車づくりの思想やこだわりについて研究していきたいと思います。

 

最初に取り上げるメーカーはマツダです。

 

V字回復というとカルロス・ゴーンの日産、というイメージかと思いますが、私としては当時のマツダを知るだけに、よくこれだけのブランドチェンジができたな、と、とても感心しているメーカーであり、私の地方では全国シェアに比べて、CXシリーズの車をわりとよく目にする、というのがマツダを最初に取り上げる理由からです。

 

マツダは一時期、倒産寸前の状況までいって米国フォードの傘下に入りました。そして当時、5チャンネルあった販売系列の一つでは、フォードの車も扱っていました。

ロードスターも昔は「ユーノス・ロードスター」と言われていました。5系列の販売網を維持することもあったからでしょう、車種もフルラインナップに近く、どの店でどの車を売っているのか調べないとわかりませんでした。

2008年のリーマンショックが追い打ちをかけ、しばらく赤字に苦しみました。しかし20その後、政府ではありませんが、経営の考え方が「骨太の方針」に変わり、これまでのマツダから脱却、skyactiveエンジンの開発や初代CX-5の発売、地道なファンとの交流活動などがあいまって、2013年以降に業績が回復していったのです。

 

では早速・・・

 

ビジョンに込められた想い

車を買うときに、その企業のビジョンなど見たりしませんよね。しかし、これには車づくりの根幹が垣間見れます。

 

CORPORATE VISION
私たちはクルマをこよなく愛しています。
人々と共に、クルマを通じて豊かな人生を過ごしていきたい。
未来においても地球や社会とクルマが共存している姿を思い描き、
どんな困難にも独創的な発想で挑戦し続けています。
1. カーライフを通じて人生の輝きを人々に提供します。
2. 地球や社会と永続的に共存するクルマをより多くの人々に提供します。
3. 挑戦することを真剣に楽しみ、独創的な“道(どう)”を極め続けます。

 

この私たちはクルマをこよなく愛していますというメッセージから始まるビジョンは、リーマン後の2009年、目指すべき理想の姿をめぐって15人ほどの本部長クラスが週2回、終業後の2時間くらいの時間を使って議論し、導き出したメッセージだといいます。議論はのべ200時間近くにのぼったといいます。その結果がこの2015年に改訂されたビジョンということです。

 

マツダがV字回復を遂げることができたのは、このビジョンのもと、ぶれずに企業の在り方を追求していったからだと思います。

 

赤字にあえいでいたころのマツダの車は、値引きも大きく、その分、中古車市場でも人気がなかったために(車の出来とは関係なく)、査定が低かったとされます。一度、マツダの車に乗ると、他社メーカーに乗り換えようと思っても、下取りが低く、結局また、マツダの車を買うことになる、というマツダ地獄に陥る、と揶揄されたりもしました。

 

それが今はそうしたイメージを払拭できたのは地道な体質改善を図り、今のようなラインナップに整理し、それが評価されたからこそでしょう。

 

マツダを語るキーワード(1)「魂動デザイン」

一目みて、マツダの車だとわかるデザインになっています。特にどの車もフロントグリルは共通性がありますよね。

デザイン全体をマツダは、「魂動デザイン」といっています。

なんとなく聞いたことはあっても、その定義は曖昧ですよね。

 

コーポレートサイトには以下のように記されています。

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クルマに命を与えるマツダのデザイン
生命感を形にするクルマは、単なる鉄の塊ではありません。それは「命あるもの」だとマツダは考えます。
ドライバーとクルマの関係を、まるで愛馬と心を通わせるかのように、エモーショナルなものにする。
そのための造形を追い求めつづけるのが、マツダの「魂動デザイン」です。

マツダの次世代デザインはこの「魂動デザイン」をさらに深化させ日本の美意識を礎とした「新たなエレガンス」の表現を追求していきます。

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この「魂動デザイン」は、2010年に「「動き」の表現を追求し見る人の魂を揺さぶる」デザインとして発表されました。またこの年はクルマづくりのすべてのプロセスを刷新し、世界一を目指して「エンジン」「トランスミッション」「ボディ」「シャシー」などのベース技術をゼロから見直し飛躍的に向上させた「SKYACTIV技術」を発表した年でもありました。

 

次回はこの「魂動デザイン」についてみていきます。(続く)

 

 

 

 

 

能力主義について考える~マイケル・サンデル氏をきっかけに

 

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本日、『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)が刊行されました。これに合わせ、本日の日経の最終面に著者であるマイケル・サンデル氏のインタビューが掲載されていました。
同氏はあの、白熱教室を書いたハーバード大学教授です。

本日発売で、まだ読んでいませんし、当面読むこともなさそうなので、紙面のインタビューだけでも

と思い、滅多に読まない文化面(最終面)に目を通しました。

最も印象的だったのは「過当な競争で敗者と勝者を分け、置き去りにされた人が怒りに苦しむだけでなく、成功者でさえ傷つくのが能力主義の代償だ」という言葉です。

この本そのものは能力主義の負の側面を伝える内容だそうです。

能力主義の難しさ

昔の日本は古き良き時代でした。

年功序列、終身雇用の時代、もちろん管理職に全員がなれるわけではありませんが、それでも役職とは別に、主事、参事補などの資格で処遇し、課長、部長などの役職者と、手取りではさして差がつかないような会社も多かったことかと思います。

またラインとスタッフという考え方のもと、ライン上の部長のほかに、担当部長などの肩書を用いて、部下のいない管理職として処遇していたことも珍しくなかったはずです。

 

ただし、こうした時代の定年は55歳で、定年延長制度もさしてなく、一方で公的年金が今よりはるかにマシな時代でした。

 

つまり55歳くらいでリタイアしてくれるので上が詰まることもさほどなく、適度に子会社を展開していれば出向先(片道切符)も確保できるので、一応真面目に働いていれば、管理職になるならないの差はあっても、入社同期と収入的にはそれほど大きな差がつくことはなく、だからラインの部長になった方と、役職には恵まれなった方が、それぞれの役回りでうまく機能していた、という実例を、当時、若輩者だった私は見ております。

 

部長のほうが偉ぶるわけでもなく、非役職者の方も卑屈になるわけではなく、部活風にいうと主将と、ベンチ入りできなかった3年生もしくは選手からマネに転身した3年生が、うまく協力しながら下級生をまとめてチーム力のアップに努めている、といった感じでしょうか。主将とマネがお互いに「あいつのおかげだ」とかいいながら尊敬しあい、その姿がチーム全体に好影響を及ぼす、というようなケースに似ていました。

 

もちろん、この場合も切磋琢磨は当然、必要ですが、高校球児などがそうであるように、背番号をもらえた組、もらえなかった組、と雌雄を決したあとは、それぞれができることを精一杯やる、ということがその組織の一員の務めというものでしょう。

 

能力主義は本当に難しいと思います。どの仕事でも完全に数値化して測定することができないからです。ボウリング大会をやって、ボウリングのうまい人を決めましょう、というのなら簡単です。単にスコアの良い方から序列をつければ、これは完璧な能力主義です。

 

似たような考え方に「成果主義」というものがありました。『虚妄の成果主義』という本があったように(モデルは富士通)、一時、もてはやされましたが定着せず、最後は弊害が強調されるようになりました。

そして最近は「ジョブ型」です。私は、これも難しいと思います。やがては、ジョブ型雇用が一部で定着するかも知れませんが、これもジョブを定義する職務記述書の作成が極めて難しいと考えます。リンゴやスイカを人数に応じて分けて切るみたいに、業務をきれいに分けきることは不可能です。正方形のパン生地を、丸い型で抜くみたいなもので、型を抜いたあとに残る、十字の星形の部分は「誰がやるんだ?」ということになります。どうしても、この星形の部分は残ります。こうした残った部分だけを専門的やる職務記述をつくって、ジョブ型雇用すれば、すべて埋まるという理屈にはなりますが、こんなジョブ、職務記述書を誰が作るのか、それを読んでやりたいと思うような人がいるのか、という問題があります。

 

能力を評価する難しさ

Aさんは誰がみても能力的には「10」の力量がある。一方の同期で、同じ部署のBさんは「7」の力量だったとします。昨年度の下期の査定をしなくてはならいないとき、評価者の目からみて、Aさんは全力を出し切ったとはとても言えず、せいぜい8割くらい。一方のBさんは本当によく頑張った、持てる力をいかんなく発揮し、100%かそれ以上の獅子奮迅の活躍をしたとしましょう。

・Aさん:10×0.8=8

・Bさん:7×1.0=7

(※現代の複雑な業務形態において、このように客観的に数値化できる仕事は少数派で、多くは定性的な部分が多く、あくまで実力も、頑張り具合も定量的に測れたとして、というたとえ話です)

こうしてみると、会社への貢献度は底力に勝るAさんがBさんと上回る、という数値になります。しかし実際は、獅子奮迅の活躍を見せたBさんに何らかのプラス材料(周囲に好影響を与えた、自分の限界を打破するための行動が認められた、など)を加味してBさんのほうを評価する上司のほうが多いのではないでしょうか。

冷静に考えれば、全力を出していなくても実力に勝るAさんのほうが会社に貢献しているにもかかわらず、です。

そしてそもそも、上の※に書いた仮定そのものが、現実的ではありません。実力も頑張り具合も実際は定量的には測定できず、上司という「人」のハロー効果などが排除しきれないからです。

 

所詮、客観的な公平な評価というのが現実的でない以上、私としては、能力主義だのジョブ型だの、「個人」のスタンドプレーにスポットをあてるより、one for all, all for one的な集団型チームプレーを得意とするような組織のほうが、働き心地がよいように思います。時代が違うと言われようと、そうやって日本は経済成長を遂げてきたという歴史があるのです。

米国の社会学者であるエズラ・ボーゲル氏は Japan as No.1 (著書名、副題は「アメリカへの教訓」と言ってくれたのですから・・・。

 

本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。

格好いい老夫婦~あるスーパーの駐車場で

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今日は他愛もないお話です。

先日の土曜日、地元のスーパーに行ったときのことです。このスーパーは私が住む地域では〇〇信者という方いるほど、人気があり、ここでなくてはダメ、という方も多いお店です。地域に何店舗かありますが、どこに行っても品ぞろえ、品質、サービスともに常に一定以上のグレードを保っており、そのような点で他店と違うように感じます。

我が家はたまたまその日、いつもは午後に行く買い物を午前の早い時間に済ませようということになり、お店に11時ごろに着きました。「この時間なら、さすがに空いているよね」という期待は裏切られ、結構広大な駐車場は、週末の夕方近くかと思うくらいの車両で埋まっておりました。

 

それでもなんとか助手席に座っている妻が降りやすくなるよう、隣が空いているスペースをみつけて車を停めました。最近は店舗へは妻が一人で行き、私は車内で本を読むか、睡眠不足のときは昼寝をして過ごしています。

この日は眠気もなく、持参してきた本を読もうかと思ったのですが、なんとなく駐車場の光景に見とれてしまいました。私の地域では週末はご夫婦そろって車で買い出しにくることが多いのです。

 

どんな方がどのような車に乗っているのか、ちょっと観察してみよう――などと思ったわけです。

 

そう思って観察したからといって、特別な発見があったわけではありません。若い夫婦で幼い子供連れは、やっぱりN-BOXだとかスペーシアだとか、ハイト系スライドドアの軽自動車を利用される姿が目立つかな、まあ販売台数的に上位だし・・・などと思っていました。

 

販売ランクからすると、2020年度トップのトヨタのヤリスは、なぜかあまり見かけませんでした。ヤリスクロスをちらほら見かけた程度です。考えてみれば、ヤリスを買われる方は、このような大型スーパーに来て、週末に大量の食品などを買われないかも知れません。単身者が多く、コンビニで済ませてしまうことが多いのかなと勝手に想像していました。

 

そんなことを考えているうちに、うちの車の横に黒の日産エクストレイルが停まりました。ご夫婦は70代前半から半ばくらいとお見受けしました。

この年代のご夫婦がこうしたSUVを選んで乗っていらっしゃることが、なんとなく格好いいな、と思いました。もちろん、ミラーもオートなのかも知れませんが、きちんと畳まれてから店内に向かわれました。

 

私の家内より先に、そのご夫婦は買い物を終え、車に戻っていらっしゃいました。そのとき、奥様はカートを押していらして、ご主人がリヤハッチを上にはね上げて荷物を入れる準備をされていました。

ご主人は少しでも早く荷物を受け取ろうとしたようですが、奥様は「ほかの車にぶつけてしまうといけないから・・・」と言って、カートをリヤハッチまで押して、そこでご夫婦で車内に積み込んでいました。カートをカート置き場に戻してからご夫婦でドアを開けて車に乗り込んだのですが、このときも隣の車との間隔が狭いので、ともにドアの縁に手をそえて、仮に接触しても自分の手が先にぶつかるようにして慎重に開けていたのが印象的でした。

 

ときどき「ドアパンチされるのではないか」と思うくらい、降りるときも乗るときも、何も考えずにドアを勢いよく開けるご老人も多い中で、他者への配慮が行き届いた振る舞いになぜ感心してしまいました。

 

夫婦での会話の様子やファッション、そしてこうした振る舞い、また、よく手入れされた黒のエクストレイルに乘られていることなどが、合わさって印象に残ったのでしょう。

 

あと10年くらいしても、フォレスターやRAV4、CXー5あたりが似合うような老夫婦になっていたい、と思いました。

(余談ですが、昔は70代くらいになったら、フェアレディZ(中古でいいので)あたりに乗っていたいものだと思いましたが、現実的に思うと、実用性の観点から今はSUVに気持ちが動いています)

 

どの車を選ぶかは、その人の嗜好がある程度は反映されていると思います。こうした駐車場観察を通じての仮説は、一人で乗られている方はパターン化が難しいけれど、ご夫婦ということでいえば、この車(車種)は、なんとなくこうしたご夫婦が乘られている、というよなことは言えそうな気がしてきております。

 

これからも観察をして、何か少しでも「こうした仮説は成り立つのでは」ということがあれば、報告させていただきます。

 

本日も他愛ないお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

2020年度の明暗についての一考察

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コロナ禍にみまわれた2020年度。新聞でも振り返り的な記事を目にするようになりました。

航空をはじめとする運輸、旅行業、ホテル旅館業は大きなダメージを被ったことは周知のとおりです。一方で宅配やEC系は伸びました。しかし流通小売りでは、スーパー系は伸びてもコンビニは厳しく、飲食業でもファストフード系は伸びても、サイゼリアなどは赤字転落と、業界で一括りにできない状況となりました。

 

最近の新聞をみても、狭小戸建て住宅を得意とするオープンハウスが関西に進出、自転車販売のあさひが税引き利益が前期比84%増で過去最高、キューピーも巣ごもり需要をとらえ、マヨネーズやドレッシングの売れ行きが好調でした。しかし同社も外食店向けの業務用商品は振るいませんでした。

 

マヨネーズがそうならケチャップはどうか、と思って調べてみると、カゴメもやはり家庭用は好調だが、業務用はやはり低調でした。

 

自転車のあさひが好調というのは、言われてみればそうかなと思いますが、すぐには思い浮かびません。電動自転車が好調だったことに加え、巣ごもりで体重が右肩上がりになった人々が、運動のために、と買い求めたそうで自転車がよく売れた模様です。

 

オープンハウスはコロナ禍で、在宅勤務が増える中、戸建て需要が高まるとにらんで関西に進出したとのこと。

 

飲食業は店舗系は振るいませんが、KFCやマックなどのファストフードでドライブスルーを備える形態の企業は好調です。地方のこうした店舗でも、昼時は道路にドライブスルー待ちの車があふれています。

 

全体を通していえることは、緊急事態宣言の影響を受けた都市部を中心に商売をしている業態、ビジネス街でビジネス客相手の商売、インバウンドを多く取り込んでいた店舗、そしてこれらの企業と関連が強い企業はコロナ禍の影響を強く受けました。同じ業界であっても、これにあてはまると「暗」となり、そうでなければ「明」と、まさに明暗を分けました。

 

家電量販店でもヤマダやケーズなど、郊外を中心に駐車場つきの店舗を中心としたところは好調で、首都圏のビル型が多いビックカメラは、そもそも来店するお客が大きく減少したことから、影響が大きくなりました。

 

業界全体で「明」は物流業ですが、「暗」は航空、旅行業ですね。局地的なビジネスが成立しない構造ですから、日本全体でコロナが収まってくれないとどうしようもありません。

 

しかし、さすがJALANAだなと思うのは、こうした企業の社員を自社で受け入たい(在籍出向など)という企業がいくつもあることです。旅行業でもJTBなどはワクチン接種の受付業務などを自治体から受注、本業で培ったノウハウを転用しつつ、社員の雇用維持に懸命です。JTBは1億円に資本金を減資して、中小企業となったことは大きな話題になりました。

 

昨年の今ごろは第一波真っ只中でしたが、それでも誰しもが、流石に1年もたてば、事態は好転すると期待していたはずです。

 

このコロナウイルスというのは、人間の心の隙、ちょっとした油断を見透かしているようで、少しでも気を緩めると、「待ってました」とばかりに感染し、陽性者が増えるという点が、本当に恐れるべきところなのではないかと感じています。

 

3つの「シコウ」を意識する

2020年度の明暗について考えたとき、やはりリスク分散は大切ですね。そういう意味でも、組織に属し、収入を得ているというだけ安心していては、予見できないリスクにさらされたとき、途方にくれてしまうかもしれません。

今のうちから、どうやって生活の糧を得ていくかを思考して、本業があるうちに試行し、目途がついたら施行するという、3つの「シコウ」を意識しておくことが大切かと思いました。

 

 

 

 

 

私なりの時間活用術

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この記事を書こうと思ったのは、何年も前に買って読まずにいた『すごい!時間管理術』(戸田覚著、PHPビジネス新書)を一気読みしたからです。
だいぶ本が多くなってきたので、少し本棚を整理して、もう読まない本はブックオフにもっていこう、と思っていた中で手にとった1冊です。

自分への備忘録的読書ノートも兼ねておりますが、そこから自分なりに実践していることも加えていきます。

 

●本のエッセンス

・今日できることは今日やる、明日はいないかもしれないから

・人生の残り時間も意識する

・作業時間を見積もれないのは、ふだんから見積もって仕事をしていないから

・先々の予定も仮でよいのでいれておく(こうすることで予定が固まっていく)

・準備時間は多いほどクオリティは高くなる

・悩んだり立ち止まったりする時間がもったいない。即断即決、成功者は迷わない

 

上記はあくまで私が自分用の備忘録としてメモしたものです。

 

●私の所感

人生の半分を超すと、人生の残り時間は意識せざるを得ません。人生の大きな計画は計画として、本能的に今やったほうがよいな、と思うことはやることにしました。ですから、この本を「読もうかな」と思ったら、それは何かの思し召し、と考えて要所要所の拾い読みですが、よむことにしたのです。

 

作業時間は、仕事の中で、「これは●時間仕事だな」と思うことがしばしばですが、そう思って始めた結果、自分の予測とあっていたかの検証はおざなりだったかもしれません。それを意識すると精度があがるかも、と思いました。

 

よく会話の中で「いつか~しようね」ということはよくありますが、まず実現しません。お互い、社交辞令とわかって話しているからそれでいいのですが、本当に会って話したいな、という場合は、仮でもよいので、先の日にちを決めておくと確かによいな、と同感しました。

 

準備時間はあるに越したことはありません。つまり、その時間を確保するために、前広に予定を組み、準備時間をとることが大切、ということです。

 

このブログであらためて書こうと思っていますが、富士フイルムHDの会長兼CEOで勇退される古森氏も、リーダーはこうと決めたら、それが成功となるように導く、といっています。悩んでいてもそこからはどこにも進まないので、とりあえず決めて、行動する。とはいえ、悩むことも時には必要なので、そこは適当に。

ただ、仮に失敗だったとしても、無駄な失敗というのはないと考えます。そこからは何かしら得られるものがあり、その行動をとったからこそ、得られたものです。

 

そして余計な心配、つまり自分ではどうにもならないことは心配しない。たとえば飛行機に乗るとして、落ちたりしないかな、と考えたところでどうしようもありません。その航空会社社員とパイロットの皆さんを信頼して、身を委ねるしかないのです。

そんな心配をするより、旅行先での楽しいことを考えたほうがよっぽど楽しいですからね。

 

●私なりの時間活用術

というタイトルを掲げていますが、それほど大袈裟なものではありません。

比較的ビジネス本の類は好きで、いろいろ読んできました。それらを読んだうえで、今も自分なりに解釈しつつも実践していることをまとめてみました。

 

・考える要素が入る仕事は午前に、打ち合わせ、作業のカテゴリーは午後に、アイデアだしは静かになった夜に(夜とは職場、家、どちらの場合もあります)
・気分がのらない日や、やる気がでないときは、申請書類に押印したり、デジタルファイルを整理(名前の付け方を統一、フォルダを新たにつくって整理)したり、所属員の勤怠管理の承認をしたり、紙の資料・書類を複合機を使ってスキャンして電子ファイルにしたり・・・

・会議までの10分ほどの隙間時間に目を通す雑誌や書類をまとめておき、いつでも見れるようにしておく

・メールの処理(返信等)はできるだけまとめて見て、まとめて処理する

・集中モードのときは、そういう雰囲気を漂わせておく(すると周囲も「時間が空いたときに相談させて」と、私が区切りのよいタイミングまで待ってくれる)
・プレゼンはパワポを使うが、凝らないようにする。アニメ効果などを使っていると調整にも時間がかかる。印象的な画像やグラフ、強調したいフレーズなどにとどめて、あとは一人漫才のように自分の語りでなんとかする

・このとき、配布資料はパワポのスライドをまとめて印刷などはせず、ワードで要点をまとめたものをサクッと作って配布する(パワポよりもワードのほうが何倍も速い)
・できる限り15分程度でもよいので昼寝をする(すると午後の頭の冴えが違う、眠くなりにくい)

・よい時間を過ごすために、良い睡眠をとる(年齢とともに、これが大切だと感じる)

・そして時間を有効に活用するために、判断を早くする。①今やる②あとでやる③人に頼む、任せる④今は決めないーーのいずれかになるので、このうちのどれにするかを即決する。④の選択肢は不思議に思うかも知れませんが、時間が経つと状況が変化して、さらに判断が容易になる場合もあるので、④という選択も私の中にはあるのです。

 

こうして書いてくると、いつか手帳術やto do管理についても書きたくなってきました。

またあらためて記事をおこしていきたいと思います。

 

本日もお付き合いくださり、ありがとうございました。